〈稲田朋美・自民党政調会長〉靖國神社を語る

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今日も、稲田朋美さんについてお話しましょう。
私が稲田朋美さんにこだわるのは稲田さんが、単なる個人、市民ではないからです。
ただの個人ないしは単なる弁護士さんであるならば、その人の思想の内容について検討する必要はありません。その方の思想信条の自由の問題です。
また稲田さんの思想がどのように形成され、どのように表明するか全くその方の個人の表現の自由の問題で、私には、直接関わり合いがありません。
しかし稲田さんは有権者から選挙された代議士すなわち全国民の代表者である以上その思想内容及びその表明は国民全体に対して重要な意味を持っており、私にも、大いに関わり合いがあります。
そこでこれからも稲田さんの表現される思想及び行動についてこのブログにおいて検討していきたいと思います。
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小堀桂一郎渡部昇一編『決定版 全論点  新世紀の靖國神社(近代出版社、2005年10月17日発行)から稲田朋美氏の発言を取り上げてみよう。
この本は 650ページです。大部です。約10年前のものですが、基本思想ですし「決定版」だそうですから、今も取り上げる意味があります。

この本の編者は小堀桂一郎氏。
その序言は、中曽根元総理大臣は靖国神社に対する公式参拝や取りやめたという点において不見識な「売國的所行」だと述べています。何故かと言うと「中共に屈したから」だそうです。
また、「A級戦犯昭和殉難者として合祀すべきである」と述べています。

これが本書の基本思想です

この本の中で稲田朋美氏は「日本の総理は正々堂々と靖國公式参拝を」という論文を書き、特別座談会「新世紀の靖国神社を考える」と言う座談会に参加発言しています。
小堀桂一郎氏、渡部昇一氏、高森明勅氏が殆ど発言しています。

この対談の中で稲田氏はこう言ってます。

「私たちが今生きていられるのは国のために命を捧げた多くの方々の命の積み重ねの上にあります。首相が靖国神社に参拝すべきかどうかという問題は、国民としての、「国家」としての「道義」問題であると。」~_~;。

この対談でのポイントは、「国防」「天皇」「神道」をタブーにせず、これらを「国家」の支柱にすべきだ。
すなわち、
①まず中曽根康弘氏が「中共」に屈した。
首相の参拝が究極の目的ではなく、天皇陛下がご親拝すること。
③「靖国神社国家護持」法案を具体化。
東京裁判は不当違法、大東亜戦争をさばいたのは、不当違法で根拠なし。
サンフランシスコ平和条約第11条についての解釈は誤り。


靖国神社を参拝すること、靖国神社に祀られている東条英機陸軍大臣・首相自体に対する評価さらに、戦前の「支那事変から始まった大東亜戦争」に対する評価と関わってくる。
さらに日本の現在、および日本国憲法の評価そしてこの憲法のもとで自由さらに個人の尊重、女性の権利をはじめ国家は個人を尊重国民権利生活の尊重を国家の任務としていることに対する反発、挑戦、解体。

稲田氏は、今日生きている私たちに対して国家主義、国こそが大事である、天皇こそが大事であるという思想を押し付ける
その役割を靖国神社に持たせる。
大東亜戦争で死んだ人たちに対してそのような役割をもたせる。
それがこの人の基本的な思想しかもただの思想でなく、公的な局面すなわち国家と言う仕組みで様々な思想考え方生き方をしている人全てに対して押し付けて強制する。
「法律で決める」と言うことは、国家がそれを積極的に推進ということ。個人の自由、思想が共存する社会がいいと思わない。むしろ、否定し壊すべしと言う主張だね〜^^;
また、「国家の道義」なる言葉を使っている心理は国家と一身同体になりたい、と言う欲望、にしか見えない。国家の力を持って、個人を排除排斥する思想を国家の中に持ち込む思想だ^^;。

トホホ´д` ;。



(タイトル変更  2/21)
変更前は「稲田朋美自民党政調会長(第3回)