安倍首相、あなたの憲法観は間違ってます(^_^;)

憲法とは何か。
為政者の手足を縛るものです。
為政者が自分たちの好きなように政治をできなくするもの(ルール、法)、です。
これでおしまい。

これでおしまいなんですが、ちょっと言い足りないので、もう少し僕に言わせてください。
少しお聞きいただければうれしいです(^○^)。

為政者が憲法嫌いな理由は簡単です。自分たちの手足が縛られて「自分たちの思う通りに」国政を運営できないからです。
為政者たちが一番イヤなコト。それはまず、軍事力・武力を「自由に」使えないこと。そして国民に「自由に」指示命令を出せないこと。

現行憲法は日本国家、国家機関が軍事力を行使することを、禁止しています。
国民には国家・国家機関に対する権利が保障されている。
だから為政者(国家機関)は自分の思う通りに振る舞えない。逆に言えば為政者(国家機関)は、義務付けられている。為政者が自分でできる行為の範囲は一定の限度に限られている。自分の行動の自由が制約されると思うと、為政者たちはストレスがたまりイライラしてくるんですね。思う通り自由にできないと思うとイライラしてくるだけでなく、挙句の果てには「この憲法が悪い、変えろ」と大騒ぎする。
これが憲法改正の主張者たちのメンタリティ。
為政者たちのキモチ。
僕はそう感じてます。

原理を言えば日本国憲法国民主権を規定しています。
国民がこの憲法を制定しこの憲法のもとで最終的に国家権力を行使する。

しかし、具体的に国家の意思を決めたり、僕が外交をしたり、自衛隊を動かしたりすることは、テクニカル的に、また他の人の意思もあることですから、僕には今、具体的にはできませんし、許されていません。
だからこそ選挙を通して具体的な担当者を選び、つまり自分たちの仲間(「代表者」)に任せた。
憲法の建前はこういうものでしょう。

でも現実は選挙を通して政治の担当者を選んだ途端、その担当者は「オレ様が為政者だ」と言って、威張り腐って俺に俺の好きにやらせろ、そのほうがうまくいくぜ、と言い出す始末。俺が気に食わないルール(憲法)は変えようぜ、変えちまえ。雑ぱくに言えば、こうなります。
あまりにもザッぱく過ぎて、恥ずかしいのでこんなこと言いませんが。(ー ー;)。^_−☆。ホンネはこうでしょう。

安倍首相の憲法観、すなわち「憲法とは何か」ということについての考えを聞くと分かります。

憲法は国家権力を縛るものだと言う考え方があるが、それは王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方で、古いものだ。憲法は国の形、理想と未来を語るものだ」(2014年2月の国会答弁で)。
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たとえば、古くからの友人で憲法改正論者櫻井よしこさんは、聖徳太子の十七条憲法明治天皇の五箇条の御誓文が基調だと述べています。
それが日本らしさで、それがしっかりと表現されていない。憲法前文は様々な文章の寄せ集め「コピペ」だと言ってます。

このような方が主催する憲法改正集会に安倍晋三首相はメッセージを送っています。
最高権力者としての自分の言いたいこと、やりたいことが縛られるのはイヤだ。世界の人々の経験、暴虐の歴史からは、学ぶものはない。
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産経ニュース:
 

ぼくはどうしたいか?
国政の担当者、為政者、エライ方、(上級国民ですか)にお任せして、好きにヤラセとく、そんな全権白紙委任はお断り。国政の担当者に担当させた範囲で委任するだけです。 
国家機関、国家権力による他国との武力衝突、侵攻は、イヤです。
軍事的「合理性」、軍事的都合で、「自由に」、武力行使できる状態にするのは、お断り。
ヒトが、死ぬ。
手足が、モガれる。
「靖國」とやらに「祀られる」ヒトを見たくない。
軍事中心・口だけの権利尊重は、お断り。
だから自民党・安倍氏の主導する憲法改正には反対です。

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『写真で見るペリリューの戦い  忘れてはならない日米の戦場』平塚柾緒著(山川出版社)より。





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