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与謝野晶子『何故の出兵か』(シベリア出兵反対の意見。1918年3月)


1878年(明治11年)-〜1942年(昭和17年)

与謝野晶子の『何故の出兵か』というエッセイは、今から98年前の《シベリア出兵反対論》です。
与謝野晶子は、後発資本主義社会ながら植民地化を免れ、第一次世界大戦で利益を得た日本が、「ロシア社会主義革命」を経たロシア・ソビエトに対して、シベリア出兵をすることに反対しています。

国内では、軍がシベリア出兵のため軍用のお米を集めコメが高騰したため、それに抗議する民衆がいわゆる「米返せ」の戦いを明治政府に行い、恐怖心を与えました。(いわゆる「米騒動」)

そのような状況の中でこの文章が書かれました。(青空文庫で無料で読めます。もしよければ、アプリを入れて読んでください。)

共通の状況としては、
現在、米国が日本に軍事力増強を要求しているのは、98年前英仏がシベリア出兵を要求しているのと同じこと。
また、「積極的自衛策」という言葉が、いまは「積極的平和主義」という勇ましい言葉に変わっただけです。
さらに、財閥優先の経済と独占資本優先の経済社会が基礎になっていますね。

シベリア出兵当時の内閣は寺内正毅内閣です。長州出身ですね。

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(以下、原文、一部省略。)

日本人の上に今や一つの大問題が起っております。近頃の新聞を読む人の誰も気が附く通り、それは西伯利亜へ日本の大兵を出すか出さないかという問題です。
…………(略)
私はこの問題について自分だけの感想を述べようと思います。 

先ず私の戦争観を述べます。
兵は凶器なり」という支那の古諺にも、戦争を以て「正義人道を亡す暴力なり」とするトルストイの抗議にも私は無条件に同意する者です。独逸流の教育を受けた官僚的学者にはこれを以て空想的戦争観とする人ばかりのようですが、一人福田徳三博士は「これを個人の間において言うも、相互間の親密を増進し、意志の疏通を計るがために、先ず人を殴打するということのあるべき道理は決してない。国際間においても干戈を以て立つということは、既に平和の破壊であって、正義人道とは全く矛盾した行動である。それ故に如何なる口実の下においても、戦争たる以上は正義人道の上から見ると変則であるといわねばならぬ。実に戦争その物が正義人道を実現するものでないことは多言するまでもない」と本月の『太陽』で述べられたのが光輝を放って私の眼に映じます。私は福田博士と全く同じ考えを戦争の上に持っております。 

それなら、性急に軍備の即時撤廃を望むかというと、私はそれの行われがたいことを予見します。
内政のためでなくて、今日のように国際のために設けられた軍備は、露西亜レニン一派の政府のように極端な無抵抗主義に殉じるの愚を演じない限り、一国だけが単独に撤廃されるものではありません。それは列国の合意の下で円滑に実行される日に向って期待すべきことで、今からその日の到来を早くすることに努力するのが自然の順序だと思います。 

私は遺憾ながら或程度の軍備保存はやむをえないことだと思います。国内の秩序を衛るために巡査の必要があるように、国際の平和と通商上の利権とを自衛するために国家としては軍備を或程度まで必要とします。これは決して永久のことでなく、列国が同時に軍備を撤廃し得る事情に達する日までの必要において変則的に保存されるばかりです。その「或程度」というのはあくまでも「自衛」の範囲を越えないことを意味します。それを越ゆれば軍国主義や侵略主義のための軍備に堕落することになります。私は日本の軍備が夙にこの程度を甚だしく越えていることを恐ろしく思っております。 

さて我国は何のために出兵するのでしょうか。
秘密主義の軍閥政府は出兵についてまだ今日まで一言も口外しませんから、私たちは外国電報と在野の出兵論者の議論とに由って想像する外ありませんが、政府に出兵の意志の十分にあることは、干渉好きの政府が出兵論者の極端な議論を抑制しない上に、議会において出兵の無用を少しも明言しないので解ります。 

英仏が我国に出兵を強要して、露西亜の反過激派を救援し、少くも莫斯科以東の地を独逸勢力の東漸から独立させたい希望のあることは明かですが、これは日本軍が自衛の範囲を越えて露西亜の護衛兵となるのですから、名義は立派なようでも断じて応じることの出来ない問題です。露国は露人自身が衛るべきものだと思います。露人に全く、自衛の力がないとは思われません。それに果して独逸の勢力が東漸するか、露国の反過激派が日本に信頼するかも疑問です。 

今一つの出兵理由は、西比利亜に独逸の勢力が及ばない先に、出兵に由って予めそれを防ぐことは、西比利亜に接近している我国が独逸から受ける脅威に対して取る積極的自衛策であるという説です。これが補説としては、西比利亜に渋滞している日本の貨物の莫大な量を独逸へ転送されない前に抑留せねばならないといい、また西比利亜にある七、八万の独逸俘虜が既に武装しつつあることの危険を報じます。 
しかし私たち国民は決してこのような「積極的自衛策」の口実に眩惑されてはなりません。西部戦場での決戦さえまだ手を附けない独逸が、連合軍側が口穢く言い過ぎるように如何に狂暴であるにしても、その武力を割いて西比利亜に及ぼし、兼ねて日本を脅威しようとは想像されません。我国の参戦程度を手温しとする英仏は、種々の註文を出して日本を戦争の災禍の中心に引入れたいために、独逸勢力の東漸を法外に誇大するでしょうが、日本人はそれを軽信してはならないと思います。 西比利亜出兵は恐らく独軍と接戦することはないでしょうから、殺人行為を繁くするには到らないでしょうが、無意義な出兵のために、露人を初め米国から(後には英仏からも)日本の領土的野心を猜疑され、嫉視され、その上数年にわたって撤兵することが出来ずに、戦費のために再び莫大の外債を負い、戦後にわたって今に幾倍する国内の生活難を激成するならば、積極的自衛策どころか、かえって国民を自滅の危殆に陥らしめる結果となるでしょう。 

以上は紙数の制限のために甚だ簡略な説明になりましたが、この理由から私は出兵に対してあくまでも反対しようと思っております。(一九一八年三月)

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参考:シベリア出兵


三国連太郎さんの父はシベリア出兵した。