国家刑罰権とは何か?

素朴で観念的な疑問を立てよう。

国家刑罰権とは何か?〈国家〉はなぜ〈刑罰権〉を発動できるのか?

〈国家〉なるものが「何か」=「一定の行為(時に思想・宗教・信条)」を犯罪と規定し、認定し、その「犯罪」行為者に対して死刑・懲役・禁錮・財産の没取を課す。生命・自由・財産を奪うという刑罰を〈国家〉が課すことができるのは何故だろうか。これが『国家刑罰権』とは何かという問題だ。 

この問題は、形式的には、刑法の「犯罪」論と「刑罰」論の中の問題だと言える。そして《刑法》の本質と関わると言える。

〈国家〉なるものがこんなことをできるのは何故か? さらに根本にかえる。

そもそも〈国家〉〈国〉なるものがわからないと、〈国家刑罰権〉もわからない。そこで「国家論」に立ち入らざるを得ない。

 

国家刑罰権のあり方とその限界に関する考察_

中世ヨーロッパの刑具

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   罪人はこの鉄の処女の内部の空洞に入れられ、扉を閉じられる。同時に扉の部分にある多くの棘に全身を刺される。現存するものは釘の長さが様々で、生存空間はほとんどないようなものから、身体を動かせば刺し傷で済みそうなものまでがあった。罪人が死亡した後に、前の扉を開けることなく死体がそのまま下に落ちるように「落し扉構造」があったという噂を記述した文献がある。(鉄の処女 - Wikipedia )