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旧姓・別姓・通称~「別姓論」の価値・意味…「第三の姓」論

   旧姓・別姓・通称~「別姓論」の価値・意味について書きます。

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    カエルの「飴」です。飴でも舐めて、お付き合い下さればいいんですが……。

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    でも、唯の独り言ですから(*^_^*)。勝手に喋ってます。昨日の続きです。

 

   1980年代の終わり頃、こういう意見を聞きました。
   夫婦別姓論を主張する人の中には、女性差別反対・女性解放の視点から戦前の天皇制の下での戸主権を問題にする人がいる。すなわち戦前の民法では「子は親に従い嫁しては夫に従え」という考えに基づく戸主制度が設けられており、その観点から結婚したら、前の戸主(父親)の下から離れ新しい戸主(夫)の下のコントロール下に入る。この戸主権の考え方は、移動の自由・居住の自由・配偶者選択の自由を制限する考え方と一体を成している。(中国では農村から移動するには、いまだに証明書が必要らしい)。このような封建的・古臭い考えに基づいて旧民法の「姓」の問題も考えられ規定さていた。だから男女平等、女性解放の観点から、新憲法の下で戸主権が排除された以上、夫の「姓」を名乗るという考えはやめた方がいい。旧姓使用を(も)認めるべきだという。

    しかし旧姓使用をするということは、旧姓つまり生まれた『生家』の姓(みよじ)を、自己の名称の一部に使用するということで、これは自分の『生家』が良い(優れている)ということの主張を含んでいるのではないか。戦前の戸主権に基づく考えとどこが違うのか。『家制度』、『家』を『個人』よりも優位に置くものであることに変わりはない。日本国憲法13条、24条、14条の価値を高く認め戦前の天皇制反対・女性差別反対の視点を強く打ち出して、女男平等、「夫婦別姓」論を主張するなら、結婚に際しては「夫の姓」でも「妻の姓」でもない「第三の姓」を決めさせる。そしてその使用を認める。「第三の姓」の選択に当たっては「夫の姓」でも「妻の姓」とも関係ない「第三の姓」例えば「秋篠宮」という「姓」を作って名乗ってもいいだろう。また、「夫の姓」または「妻の姓」を「第三の姓」として選択する、ただしこの新しい「姓」は「夫の姓」でも「妻の姓」でもない「第三の姓」だ。その夫婦固有の姓で論理的には一代限りで日本国憲法24条の夫婦を基礎とする家族観にもあっている。これが論理的だし正しいのではないかと言われた。そしてこの話を聞いたのは秋篠宮が結婚された頃だったので「秋篠宮」という姓を作って選択すると面白いとこの方は考えられたのでしょうね。

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    この話をされたのは裁判所を退職された有名な裁判官です。この意見は確か判例タイムスか判例時報の「巻頭言」に載っていたはずです。エライ人の話を借りるのもどうもイヤですが、当時考えさせられたし、今も考えざるを得ないものです。そもそも「夫婦別姓論」「旧姓使用」論は一体何のための主張か。どのような考えを基礎においているのか。

    ぼくが大学に入ったのは1970年代半ばを過ぎた頃だった。1975年は、国際婦人年だった。「婦人」という言葉自体、今は使われない。死語にちかい。だが当時は『婦人』解放と女性解放を主張する勢力も「婦人」と言っていた。ぼくの周りの婦人問題研究会の人たちも当初『婦人問題研究会』と称していた。その後「婦人」という文字・ことばではマズい、自分たちの主張・思いがねじ曲がるというので「女性」に変えていった。(続く)

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