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法のこころ

    法(法律)のこころ。

    法律にこころはあるか。
    渡辺洋三『法学入門』(初版=旧版、1979年版)(岩波新書)を初めて手に取って「はしがき」を読んだとき、私は驚きました。Amazon 渡辺洋三『法学入門』法とは何か 新版 - 岩波書店


    そこには、「法(法律)にはこころがある」、と書かれていました。

    私が驚いた理由は二つありました。
    渡辺洋三さんこういう言い方をするのか、という意味で、です。
渡辺先生は元々民法・法社会学の研究者で「社研」に所属する教授でした。そして長谷川正安先生(名古屋大学憲法学)と協同で多くの仕事をされていました。その彼が、と思いました。

    もう一つの驚きは、法にはこころがある、ということ自体でした。
もちろん法(法律)を作った「人間」に意図・狙いはあります。どんな法律にもあります。
    しかし普通それを「法に心がある」と言わないのです。
    確かに法律(法)には意図があります。意図のことを趣旨(立法趣旨)などと云います。

 

    3月8日は「国際女性デー(国際婦人デー)」国際女性デー - Wikipediaですから、関連して日本国憲法第24条(1947年5月3日施行)を例にあげましょう。日本国憲法第24条はこう規定しています。

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日本国憲法 第二十四条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

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    その趣旨は、1889年憲法(明治憲法)から1945年まで存在し、旧家族制度に基づく家族関係を法的に固定し維持していた制度を排除し、家族構成員を平等・自由な関係にする、という点にありました。すなわち、日本国家は家族関係が自由・平等の観点から形成・実現できるよう立法・法執行する義務を負う、というものです。
    ここにどのようなこころがあるのでしょうか。そもそも、この条文に立法趣旨と別に「心」はあるのでしょうか。

 

   こういうことを私はずっと考えてきました。最近この三年位まえから、「法そのものに、《心がある》」と私は思い至るようになりました。
    法(法律)は一旦それに基づいて社会・人間関係が形成されだすと、それ独自で動き出すものです。なぜなら法(法律)自体が心をもっているからだろうと思います。この点を軽視して下部構造反映を意識しすぎると法・国家の理解が進みません。また人のこころを軽んじてはなにも変わらない。
    渡辺洋三先生の云われていたことが少し納得できるようになりました。


    こころ、というとなにか「美しい」もののように聞こえます。しかしこころは決して美しいものではありません。卑しいのも、あさましいのも、恥ずかしいものでもあります。そして慾だらけでしょう。そういうこころを持った法(法律)は限りなくある、と私は思います。それらを糾したいと考えます。

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闇は深い。「すべては2020へ」そして「共に壁を造ろう」、がかれらの合言葉です。

それは対外的壁のフリをした別の《壁》です。

【われらの】2020、そしてその先の未来へ。スタートと道筋は違っても〈あなたの心〉、受け止めています。お変わりなく。

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» Peace

 

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2017・03・04・0140