南スーダン、自衛隊PKO派遣部隊撤収決定 (その2)

南スーダンでの自衛隊PKO派遣部隊、撤収決定》の総括に関連します。


  先日の続きで、もう少し他の方の意見の検討を続けます。

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【主張B】2016年11月15日

自衛隊南スーダンPKO派兵・戦争法発動を糾弾する!
野蛮を生み育てる〝母胎〞との対決を

 昨年(2015年,(注))成立が強行された戦争法のひとつ、PKO改悪法が発動・実施されようとしている。
 陸上自衛隊第九師団第五普通科連隊を、南スーダンPKO(UNMISS)第一一次隊として派兵することを、政府は十一月十五日閣議決定し、二十日にも南スーダンの首都ジュバへ派兵しようとしている。今回の部隊から、戦争法にもとづく「駆けつけ警護」「宿営地の共同防護」が「新任務」として付与され、武器使用とその範囲が格段に拡大する。
 南スーダンは首都周辺を含めて戦闘状態にあり、「PKO参加五原則」の前提が完全に崩れていることは、マスメディアの報道からも明らかである。また戦争法の発動は、自衛隊のみならず、日本の労働者・人民を戦争に加担させ動員する道を大きくきり開くことを意味する。
 わたしたちは、多くの仲間とともに戦争法廃止を求め、違憲・違法の派兵に反対してきたが、厳しい現実に直面している。自衛隊南スーダンの人びとに銃口を向ける未来が迫っている。この状況は、わたしたちに自身の運動のあり方・拠って立つ思想のとらえ返しを求めている。

野蛮はなぜ野蛮か

 国会では、安倍政権が、破廉恥、無惨ともいうべきデマ・詭弁・居直りをほしいままにしている。可能性の高まる、自衛隊が「殺し殺される」事態についての野党の追及に対し、首相は「おどろおどろしい表現はやめていただきたい」などと嘲弄半ばに切り捨てた。自衛隊が「殺し殺される」ことを許さないという、この間多くの人びとがかかげてきた反対運動の根拠を、愚弄し一蹴するものだ。自衛隊員はかれらの将棋の「歩」なのだ。極右政権の非道・野蛮への憤りが高まるのは当然だ。
 しかしここからわたしたちは、なぜかれらはこんなにも野蛮なのかという根本的な問いへと進んでゆく必要がある。「野蛮は野蛮だから野蛮なのだ」というトートロジーを脱して、わたしたちは、野蛮を生み育てる母胎=資本主義の構造にこそ目を向けるべきなのである。
 最大限利潤の追求という根本的欲求にもとづいて、政府・独占資本は国際戦略・国内戦略を練り上げ、緻密かつ組織的に動いている。母胎が無傷である限り、政権がすげ替えられてもこの基本路線は変わらない。武力行使のできる=人殺しのできる自衛隊の海外派兵は、歴代の自民党政権、そして民主党政権時代においても、常にその実現が望まれた最重要課題であった。なぜか? グローバルに展開する日本資本を軍隊によって守るためだ。帝国主義が権益を守り拡大するためには、武力をもってそれを支える真正の軍隊(人殺しのできる軍隊)が必要だからだ。
 安倍たちはすべての命に冷淡なのではない。資本家階級の利害に有益にはたらく者の命は徹底的に守る。その選別・線引きの分け目が、資本家階級の側に立つか、労働者階級の側に立つかの分かれ目だ。階級という言葉はいまではなじみのない言葉かもしれない。しかし、安倍政権の野蛮を批判するためには、階級という概念が不可欠だ。
 わたしたち労働者・人民の命は、かれらにとっての「歩」だ。その実例は、残虐きわまりない沖縄への弾圧、朝鮮学校への攻撃、福島第一原発被害者の切り捨て棄民化など枚挙にいとまがない。わたしたちはヒューマンな怒りを、階級的な怒りへと質的に高めることによって、かれらの行為だけではなく、かれらの本質をも批判・打倒することができる。それが、かれらの暴走を止める運動の真の原動力になる。

派兵は誰を利するか

 PKOなる「国際貢献」の仮装のもと、自衛隊の実戦化にともなう派兵の既成事実が積み重ねられてきた。一方でPKOは日本企業進出の露払いともなり、それには天然資源をはじめとした利権争奪――経済支配の確立という政府・独占の利害が貫かれてきた。「利権にありつきたければ血を流せ」という日本政府・独占にとっての〝苦い〟教訓を、日本の支配階級は湾岸戦争以来かたく認識し、実践してきたのである。
 今次の南スーダンPKO派兵もそうした構造につらなるものであることはもちろんだが、経済力の米日・中逆転時代をにらみ、日本政府の対アフリカ戦略と連動して、それはいっそう露骨に、なり振り構わぬ形でおし進められている。すでにスーダン側に進出し莫大な投資を行なっている中国への対抗心はむきだしだ。日本政府が主催した今年のTICAD(アフリカ開発会議)では、今後三年間で民間資金を含め三兆円の拠出を表明した。独占資本の過剰資本の投資、企業活動、豊富な天然資源の獲得を、軍事力によって後押しする。自衛隊初の海外基地であるジブチ基地とならんで、南スーダンPKO派兵は、日本政府・独占資本の対アフリカ戦略のキーストーン(要石)として位置付けられている。
 かれらは自衛隊員が「血を流す」ことになれば、ナショナリズムをあおり、死傷隊員を英雄・英霊に仕立て上げ、「自衛隊を正規の軍隊にすべきだ」という一大宣伝をぶつだろう。そしてそれを念願の明文改憲へのスプリングボードにする。そうした事態を辛うじて免れたとしても派兵の「実績」を誇示し、次なる〝飛躍〟に拍車をかけてくるに違いない。
 かれらは、戦争にこそ自らが生き残る活路を見出し、帝国主義的覇権の維持・拡張に執念を燃やしている。それが米日・中の経済力の逆転時代を迎えた現在において安倍政権が存在する本質であり、憲法改悪、日米同盟強化、派兵国家化を必要とする根本理由である。こうした政治・経済体制それ自体の打破をめざさない限り、戦争法廃止も政権打倒もできない。同じ「安倍政権打倒」をかかげたたたかいであるように見えても、資本家階級を射程に入れるか入れないかで運動の組み方、議論、集まる人びとに訴えかける内容すべてが違ってくる。資本主義の枠を突き破り社会主義の実現をめざすたたかいを創り出す。その方策を練るための議論と実践をこそ、わたしたちはすべきだ。
 資本主義の支配構造を揺るがすたたかいなど遠大に思えるかもしれないが、それこそ万里の道も一歩から、向かうべき敵を明確にとらえ、確信をもって一歩一歩を踏み固めることによってこそ未来を切り開くことができる。(集会案内3行略)【米丸かさね】