母の日【手紙、のようなもの】

【手紙、のようなもの】です。

この前は有難う。でも僕の方から連絡を取ることはないからここに書いておきます。
五月の第二日曜日は母の日だ。間もなくまたその母の日が来る。母の日が来るのは毎年のことだ。
あれは平成元年の母の日だったと思う。もう29年も前のことだ。短答の後夕方6時過ぎ、解答の検討をするので確か、お茶の水の喫茶店に集まった。5,6人だった。その検討会は防大卒業後陸自に幹部任官したが数年で辞めて警備員をしていた友人に誘われた。その場には他に四ター系、新日和見主義批判を受け排除された奴、中核、協会そしてソ連派(もどき)、が集まった。みんな30代だったかな。
被排除者氏の短期記憶力は抜群で問題文の記憶は確かだった。その頃の短答は公開されておらず持ち出しが禁止されていた。だからサークル答練会予備校その他関係者は記憶しておいて短答終了後再現するのが普通だった。僅かなバイト料をもらって再現に協力している奴もいたよね。記憶力抜群氏は当時ほぼ正確に覚えていて何時も教室を出てきたのだろう。助かった。そして約3,4時間検討し僕も含め何人かはほぼ合格だろうというので明日からの次の準備(海の記念日辺り)を目指し備えることにして解散になった。
しかしその後荒れたのを知っているか。僕も誘われてカシを変え何人かと浦和のスナックか赤提灯に行って、他のグループも合流して、その当時既に修習を終え「なんたら総合法律事務所」に勤務していた奴や修習中のヤツも交え大変だった。冬から春の間中短答ばかりやっていて不満やるせない奴らが論戦になって殴り合いに近くなった。でもみんな生活や職場やバイトや運動の中でのお互いのキツさを知っているし元々は反帝でつながって一応の信頼関係があったから何とかその場は収まった。まあ、その年何人か掃けた。しかし僕はずっと掃けずにいた。そしてはけることはなかった。それから僕が子どもの頃からとてもとても近しかった彼は、合格後彼此25年以上やってるけど、もう別の事務所で、神戸系の連中とつるんでトンデモないことをやってる。事務員という名の×××が事務所に常駐して元××の寡婦に仕切られている。情け無い話だが、案件の失策で大借金を作り×××に身を売っている。これも一応お知らせ。
僕は前から言っているのだが、勝者は物語を作りたがるが物語は敗者にこそ必要だ。だが僕には物語は不要だ。今が楽しい。もう止めてからでも随分経つ。ただ少しだけ懐かしい。そしてニガかった。今でもたくさんの概念はソラで言えるよ。当然だけど、笑笑。今は、そう、今でも、陽が差さない獣道を歩いている。ここは楽しい。敗け惜しみじゃない。ではでは。

追伸  僕は相変わらず、こんな本を読んでいる。あの頃の続きをやろうか。評は何処かに書くかもしれないし。多分書かないかな。面白かったよ。でも、殆んど図書館さ(笑)……。では。

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そう言えばhmは元気なのかなぁ。

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できれば幾つかの論文について再度、読みたいけどね。

余裕があるかなぁ。

歴史と世代と日本。

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この本はアメリカの女性研究者が兵士の手紙を集めて研究している中で問題意識を持って書いたもので、興味が惹かれる。当時のアメリカ社会が民主的勢力として存在しようとした記録とも言える。反ナチ、反日本帝国の精神が読み取れる。だがこれが愛国に傾くと危険でもある。後日何か書ければいいなぁ。

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最後は、下斗米伸夫の本。文庫になっている。2002年の原本(講談社選書メティエ)を今年2月に文庫として再度出したもの。かなり手を入れている。モロトフから見たソ連の歴史。

今年はロシア革命100年‼︎…この前、レーニンの誕生日だった。そのことで、このブログでも声をかけてくれた人がいたんだ。うれしかったな^_^。

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おわり4/30/0150

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