古賀 茂明 『日本の中枢の狂謀』(講談社刊)

「国民は馬鹿である」と考える安倍は大馬鹿である。((c)知人)

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古賀 茂明の新著『日本の中枢の狂謀』が出版されます。
古賀茂明さんは1955年生。元通産省勤務。テレビ朝日系の『ニュース・ステーション』に古舘伊知郎さんがキャスターだった時代に出演されていましたが、「反安倍」の姿勢を明示したので、出演できなくなりました。

講談社は、この本の紹介を兼ねて、古賀茂明さんのインタビューをネット上で公開しています。

headlines.yahoo.co.jp


この講談社の記事を引用させて頂きます(宜しければ、こちらにもお寄り下さい👉「狂暴罪の今」 - かえる日記)

 

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【インタビューのポイント】
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安倍晋三の政治哲学は、

国民は「すごく怒っていても、時間が経てば忘れる」
「ほかのテーマを与えれば気がそれる」
「嘘でも断定口調で叫び続ければ信じてしまう」

つまり「国民は馬鹿である」ということです。
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トランプ政権と同じように、「そこまでやるか?」ということを安倍政権は平気でやっている」。

安保法制や武器輸出三原則の撤廃、特定秘密保護法などを見るにつけ、「日本は後戻りできなくなる段階を過ぎつつある」という危機感を私は募らせています。
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「安倍政権は今までと質が違う」ということは、だいぶ前から感じていました。

安倍総理は「改革です!」と叫んでいますが、実際はほとんど何もやっていない。
そのうえ、「日本はもっと強くならなきゃいけない」ということを全面的に押し出してきたわけですね。
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日本はずっと平和主義で、アメリカから「湾岸戦争に来い」と言われても恥を忍んで行かないという国でした。武器の輸出もしませんし、防衛費はGDPの1%以下。自分でタガをはめて、危ないところには極力近寄らない政策だったのが、安倍政権はことごとくそれらを覆そうとしている。私がその危機感を深めたのは、2015年に起きた後藤健二さんの事件でした(国際ジャーナリストの後藤健二さんがイスラム国の捕虜となる中、安倍総理は中東歴訪中のエジプトで、イスラム国を刺激するスピーチを行った)。
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安倍総理の政治哲学──「国民は馬鹿である
──日本中枢の「崩壊」に続いて、本作は「狂謀」。このタイトルには、古賀さんのどのような思いが込められているのでしょう。

古賀 最初は『日本中枢の陰謀』というタイトルで進めていたんです。でも、「陰謀」というのが、いまひとつピンとこなかった。いまの日本中枢の人々は、はかりごとをそんなに隠れてやっているわけでもないですからね。それで「陰謀」に代わる言葉をずっと考えていて、その中に「狂謀」という案もあったのですが、原稿を書き進めるうちにそれが一番合っていると思うようになったんです。

強いタイトルにすると、左翼の人は興味を持つかもしれないけれど、そうではない人には「偏った本じゃないの?」と見られてしまう可能性もあります。でもそれくらい強い言葉を使ったほうがいいと考えました。最近、アメリカのトランプ政権を批判している人たちの間で流行っている言葉に「insane(インセイン)」というのがあって、「sane」は正気とか健全という意味だから、「insane」はその反対。そんなトランプ政権と同じように、「そこまでやるか?」ということを安倍政権は平気でやっているわけです。安保法制や武器輸出三原則の撤廃、特定秘密保護法などを見るにつけ、「日本は後戻りできなくなる段階を過ぎつつある」という危機感を私は募らせています。だから多少強いメッセージでもきちんと伝わるタイトルにして、読んでもらえた人の中から評価が出てくることで、だんだんと広がっていけばいいのかなと思っています。

──その強い危機感を抱き始めたのは、いつ頃でしょうか。

古賀 「安倍政権は今までと質が違う」ということは、だいぶ前から感じていました。かつては自民党政権の問題というと、既得権益層と癒着して利権を守り、国民が犠牲になっているという、主に経済構造の問題だったんです。対して、安倍総理は「改革です!」と叫んでいますが、実際はほとんど何もやっていない。そのうえ、「日本はもっと強くならなきゃいけない」ということを全面的に押し出してきたわけですね。

日本はずっと平和主義で、アメリカから「湾岸戦争に来い」と言われても恥を忍んで行かないという国でした。武器の輸出もしませんし、防衛費はGDPの1%以下。自分でタガをはめて、危ないところには極力近寄らない政策だったのが、安倍政権はことごとくそれらを覆そうとしている。私がその危機感を深めたのは、2015年に起きた後藤健二さんの事件でした(国際ジャーナリストの後藤健二さんがイスラム国の捕虜となる中、安倍総理は中東歴訪中のエジプトで、イスラム国を刺激するスピーチを行った)。

──古賀さんは当時、テレビ朝日の「報道ステーション」にゲストコメンテーターとして出演されていて、「I am not ABE」と書いたフリップを番組内で提示したのが大きな反響を呼びました

古賀 「報道ステーション」はあの日が最後の出演になったわけですが、この本の第1章は番組を降板してすぐの頃にできていました。〈総理大臣の陰謀〉と題した章で、イスラム国人質事件をめぐって官邸が何を狙ってどのように動き、そこから安倍総理のどんな政治哲学が浮かび上がってくるのかを書いたんです。安倍さんの政治哲学とは、嚙み砕いて言えば、国民は「すごく怒っていても、時間が経てば忘れる」「ほかのテーマを与えれば気がそれる」「嘘でも断定口調で叫び続ければ信じてしまう」、つまり「国民は馬鹿である」ということです。

私たちはそんなに馬鹿なのだろうか、いやそんなことはないと思いながらこの本の原稿を書き進めたのですが、予想外の選挙(2014年12月の衆院解散総選挙)があったり、選挙後に情勢が変わったりして書き直すうちに、完成が今日まで延びてしまいました。

──〈「報道ステーション」の闇〉と題された第2章を含め、メディア支配の深層に迫り、安倍総理の「改革路線」や「積極的平和主義」「アベノミクス」などの嘘を徹底的に暴いていきます

古賀 日本を成長できない国にしたことの罪も大きいですね。たとえば、日本の再生可能エネルギーの技術は、いまや取り返しがつかないくらい欧米に遅れを取ってしまっている。その中で安倍政権は「原発完全復活」を目論んでもいます。

そのように日本経済の問題点を分析したり、昨年の東京都知事選をもとに民進党の実情を明かしたりと、この本は間口がたいへん広い。それぞれの章は関連していますが、ひとつの章を取り出して読んでも面白いと思ってもらえるようにと考えて構成しました。目次を見て「ここが面白そうだ」と思ったら、そこから読んでもらっていいと思います。


■改革はするが戦争はしない
古賀 実は、書きたいことをすべて書いたら500ページを超える分量になってしまったんです。担当編集者に「いくらなんでも長過ぎますよね」と自白して(笑)短くしたのですが、100ページ分くらい削ったところで、「これ以上短くしたら、本当に書きたいことが書けなくなる!」と思ったんです。そうしたら担当編集者も「面白いからこれでいいですよ」と言ってくれて。ちょっと長い本ですが、事件や騒動の裏話も交えて書いているので、興味を持って読んでもらえると思います。

──古賀さんは「改革はするが戦争はしない」を基本理念に掲げる市民のプラットフォーム「フォーラム4」を主宰するなど、精力的に活動を続けています。この本のエピローグでは「フォーラム4」に触れながら、いま本当に必要な改革とは何か、どうすれば市民に優しい国を実現できるかを説いています。

古賀 単に安倍政権を批判して終わりではないし、本を読んでもらえばわかりますが、民進党のことも相当書いています。よく言われるんです、「せっかく野党が固まってがんばろうとしているのに、古賀さんはいつも水を差す!」と。だけど、いまのままでは、民進党はじり貧ですよね。

まず、考え方をきちんと整理して、メッセージを出すことが大切だと思います。2015年春に「フォーラム4」は「改革はするが戦争はしない」という基本理念を発表しましたが、そういうメッセージを発している党はいまの日本にはありません。私たちが言う「改革」とは、「格差を縮小し、働く人々と真の弱者のための改革」です。この基本理念のもとに人々が集まれば、後戻りできなくなる段階を過ぎつつある日本であっても、その危機的状況から脱することができるのではないか。私はそう思っているんです。

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報道ステーション』出演時に出したフリップ


「性弱説」にのっとって考える
──『日本中枢の崩壊』を書かれたとき、古賀さんは現役官僚だったわけですが、当時とくらべると環境も大きく変わったのではないでしょうか。

古賀 だいぶ違いますね。当時は経産省の中のホットな雰囲気を感じながら書いていました。自分がそれまでに経験したこと、知ったことをそのまま書けば済んだところがあるかもしれません。経産省を辞めてからはそうはいきませんが、それでもいろいろな情報が集まってきます。たとえば経営再建中の東芝の案件も、「どう思いますか?」と各メディアから取材が来る中で、私は自分の見方を伝える。すると記者から「この人はこういうことを言っていたんですが、どういう意味ですかね?」というふうに質問されるんです。そのようにして集まる情報も多いですね。

また、経産官僚の頃から政治家のアドバイザーをやっていたことがあるので、役人の見方だけでなく、「政治家はおおむねこう考える」というのがわかるようになりました。政治というのは「心理」が大きく関係してきます。経済はもちろんそうですが、政治という分野でプレイする人たちも、組織だけではなく個人の利益を考えながら動いているんですね。経済全体の流れがこうなっているから、官僚の損得から考えるときっとこうなって、その結果、この政治家はこのように動くだろう……。そんな「政治心理学」とでも呼べそうな要素が、大きく影響すると考えています。

──「狂謀」が推し進められてしまう中で、正しいことを貫こうとする力が働かない要因のひとつとして、「人間は弱いからだ」と書いているのも印象的です。

古賀 性善説でも性悪説でもなく、私は「性弱説」にのっとって物事を考えています。たいていの人は悪い人ではなくて良い人だし、ほとんどの場合、良いことをしているんです。でも、いざ自分の損得が関わってくるとなったら、「やっちゃってもいいかな」となってしまう。つまり弱いのです。

ただそのとき、「外から見られているかどうか」というのがひとつのポイントになってきます。見られていたら、たいていの人は躊躇しますよね。卑近な例を挙げると、夜道に1万円札が落ちていたとき、あたりを見渡したら誰もいない。警察まで行くのにはちょっと遠い。そうしたら「もらっちゃおうか」となりやすい。でも、後ろからコツコツ足音がしてきて見られていると思ったら、「警察に届けなきゃ」となるでしょう。そういうことだと思うんです。見られているということが、すごく大事なんですね。

──そういった意味でも、「ちゃんと見ているぞ」と警告するこの本は、とても意義深いですね。

古賀 隠れてやっているつもりでも、見ている人がいるよということですね。嘘をついてだまそうとしても、気づく人がいる。マスメディアが本当のことをなかなか書けなくなっているいまだからこそ、そういう環境をきちんと作っておかないと危ないんです。

講談社 2017年5月30日 掲載

《お知らせ》
先程このインタビュー記事を読んだのですが、その前に私は本ブラックの前記事を書いています。その続きとして、この講談社の記事を掲載させて頂きます。

(私の記事は実はどちらでもイイのですが、私の記事の一部(引用)という体裁にしておかないと著作権法上の疑義が生じる恐れがありますので、悪しからず) 0531/0100)