日本国憲法前文を読む (第2回)〜第1段第2文から

こんにちは。

  今日も昨日に続いて、日本国憲法前文の和訳をしたいと思います。

  まずそれに先立ってお礼を申し上げます。正直言って、私と一緒に憲法前文の日本語訳を考えて下さる方が実際にいらっしゃると思っていませんでした。しかし、いたのです。その方々に心から感謝いたします。

  また、時間を使ってこの拙いページに立ち寄って下さった皆様、ありがとうございました。

 

  日本国憲法前文の法典を今、再度訳し、理解することは重要だと私は考えています。

  そう考える理由の一つは実践的に憲法「改正」国民投票の日が近づいているからです。自分自身で再度憲法を理解したい。できれば、この意義を伝えることができるようにしたい。

  また、憲法前文の日本語の法文は重層的構造になっていています。意図的に分かりにくくされていると思われます。太平洋戦争(=大東亜戦争)の後、敗戦国日本の支配的立場にあった人たちの戦争遂行責任を曖昧にする意図があったと容易に推測されます。

 

  ところで、ほぼ24時間前に、前文の英文を出した時点では、わたくしはこんなに多くのことを考えさせられるとは思いませんでした。

他の方の訳を読ませて頂き、本当に驚きました。この英語の文言はこう理解したらいいのか、とか、とてもとても考えさせられ、自分自身なら、出てこない日本語訳でした。そのニュアンスの適切さに教わることがありました。そしてその方のページを訪れ読ませて頂きました。学ぶことが多々ありました。ありがとうございました。

 

  ですから、もしできれば、もう少し(最後まで、お時間とご気分が許す限り)お付き合い下さい。

  私は英文日本国憲法を訳した本が出版されていることを知っております。しかしいま手元にありません。むしろそれらが無いメリットが多いと思っています。何故なら自分の頭で考え、訳すことができるからです。(ショーペンハウエルの『読書について』参照)。

前置きが長くなってすみません。


今日の課題です。以下の英文を和訳せよ。
Government is a sacred trust of the people, the authority for which is derived from the people, the powers of which are exercised by the representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed by the people.

This is a universal principle of mankind upon which this Constitution is founded. We reject and revoke all constitutions, laws, ordinances, and rescripts in conflict herewith.

 

読みやすくすると次のようになります。なお、第1段の第1文は昨日みました。

第1段 第2文です。
Government is a sacred trust of the people,
the authority for which is derived from the people,
the powers of which are exercised by the representatives of the people,
and the benefits of which are enjoyed by the people.
第3文です。
This is a universal principle of mankind upon which this Constitution is founded.
第4文
We reject and revoke all constitutions, laws, ordinances, and rescripts in conflict herewith.


❶Governmentの訳語をどうするか。❷関係代名詞の処理(訳仕方)が問題になります。
❸内容的には人民(国民)主権の下での統治の正当性の根拠の説明。
では、宜しく! #0030

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非公開ブログ某氏(カナリア)からのお知らせ。かってにコピペ。#0053 昨日承前

 北海道アイヌ協会は、5月28日の定例総会で篠田謙一氏に講演させて、質疑応答のための時間はまったく用意しなかったらしい。
 北海道アイヌ協会は、政府のガイドラインに従って、自らの会員、しかも当該遺骨の祭祀承継者である会員の先祖の遺骨だけを選別して、その一体一体にペンリウクさんの遺骨に行なっているのと同じような同定作業を行ない、祭祀承継者の遺族からインフォームド コンセントを取り、「物質移転合意書」を作成してから「象徴空間」に移すことであろう。それ以外の方法を取れば、政府のガイドラインをはじめ、種々の手続き規定に反することになる。
 篠田氏は、『学術の動向』論文でも28日の講演でも、縄文時代の人骨と江戸時代末期から明治時代以降に盗掘された遺骨を、あたかもこれまで使用後に放り出されてきた遺骨と同じように、ごちゃまぜにして話をすることで、争点をずらしている。
 レジュメのタイトルは、「先住民族の人権と自然人類学研究――研究の今日的な意義について――」。レジュメを見る限り、どこで「先住民族の人権」について語ったのだろうか。一言もない!
 「アイヌの哲学」などどうでもよいと言っていた幹部にとって、系統樹やグラフは「科学」を十分に神秘化してくれるもののようである。
 ただ「DNA研究はだめだ」とだけ声を張り上げていたってだめだ。

 

(以下、追加転載。前の部分に続けて、ご本人「炭鉱のカナリア」氏が書き足している #6/2/1220確認)…なお、炭鉱のカナリアと言うのは私が付けた勝手に名前で自称している訳でない)
 「遺骨返還に関する考え方」を整理するということで、「遺骨に係わる問題点の解決」についてもレジュメに並べている。その最初には「発掘の経緯に関する問題点」は「事実関係の将来への継承」を「博物館での展示・啓発、情報の発信」だけで済ますような話をしたようである。学協会としての謝罪を否定し続けている人骨学者らしく、謝罪も賠償も出ていない。札医大に「たまたま」居合わせたという百々氏が明快に言っていたらしいではないか。謝罪などと言おうものなら、賠償とか補償とかにつながるから怖いのだと。政府の役人と同じ考えを代弁していたに過ぎまい。
 彼ら人骨学者には一人ひとりの死者の尊厳を冒涜したという発想などあるまい。彼らにあるのは、死者の功利に関する計量的・統計的な発想だけのようである。
 NAGPRAが政治家が干渉してできた政策だと批判していた人間が、ラウンドテーブルの「議論を踏まえて[奪取されたアイヌ遺骨の]研究への道すじが開かれると信じている」と言いながら、それが「国の関与無しには先に進むものではない」と、政治権力の介入を求めている。ならば、「国の関与」によってそれを阻止せねばなるまい。
 「人骨学者」よ、目的は手段を正当化するのか!? 少なくとも彼らは、そう考えているようだが、その目的すら怪しいものではないか。

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