日本社会が当面する課題と克服の方向性 【天皇退位法案審議/共謀罪と個人の自由と非暴力主義/アイヌ人骨・象徴空間建設】

   日本社会の当面する課題のうち、反ファッショ・憲法闘争の観点から論ずる優先順位が高いと筆者が考える3つのテーマについて、三つのブログを引用・論評する形で、今日から述べます。取り上げるのは以下の3つです。

   まず「天皇退位法案」の衆議院審議に関連してです。

「国民の総意」の目茶苦茶解釈は許されない--天皇「退位法案」衆議院通過の怪 - hajimetenoblogid’s diary

   次に「共謀罪法案」に対する反対運動との関連で【非暴力主義】を論じられている文章です。

非暴力主義の理解 - ソウルヨガ

   三つめは、アイヌ民族が直面させられている人骨問題、象徴空間建設問題」です。この「人骨=象徴空間問題」は官邸・文部科学省北海道庁・一部の人類学者や医学者・法学者がアイヌ協会を巻き込み、アイヌ先住民族に対する新たな同化政策(=あらたな植民地政策)と関連します。2020の政治利用の一部です。

 日本国憲法前文を読む (第2回)〜第1段第2文から - かえる日記

(注)アイヌ民族が直面させられている「人骨=象徴空間建設問題」はある方(仮にXさんとしておきますが)のブログ記事にあります。ただXさんは現時点でブログを閉鎖されておりますので、記事を読むことができません。ですから私の上記ブログの記事中(下部の方)に埋め込んであります。

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   第1の「天皇退位法案」の衆議院審議の関連です。

天皇退位法案」は去年8月平成天皇が退位したいという意向を明確に示してから社会的・国家的課題になってきた筈です。勿論その平成天皇の発言の前から天皇本人の意向、天皇周辺、あるいは官邸・宮内庁など関係各所で議論がなされ、天皇退位に関するプロジェクトが組まれていたことは、去年の報道等から明らかです。
   しかし天皇の退位に関して、市民・国民的観点から問題の所在が明確化され天皇個人の意思の明示及び市民社会の議論が始まったのは去年の8月以降でした。去年8月以降「有識者会議」なるものが作られ、天皇の法的地位、社会的意味・役割について「意見聴取」されましたが、国民的議論の広がりと深まりは見られなかったと私は感じています。


   特にこの天皇退位問題は日本の憲法第1条から8条、また憲法前文の冒頭部分(第1段)と深くかかわります。また皇室典範憲法5条)、天皇の行為(憲法第6条、7条各号及び3条)と関連しています。したがってこの問題は日本の国の統治=参政の在り方の問題であり、国民自身が天皇の地位を決めるのが本筋で、天皇自身や安倍晋三氏や官邸・宮内庁、そのプロジェクトチームなどが決定するものではありません。そのような決め方は憲法第1条の規定に反し許されないことです。あくまで国民代表機関(憲法41条、前文)の規定に基づき十分な審議・国民的討論を経て初めて天皇の退位つまり天皇の地位(第1条)が決定されるべきなのです。それが日本の憲法の要求している所であり、国民主権憲法の原理(憲法第1条、前文第1段)です。

 

   しかしながら現実はどうでしょうか。この点について米村明夫氏のブログ記事はK・サトル氏(ブログ『アリの一言』)の記述『「天皇退位特例法」審議の3つの欺瞞』を引用しながら議論しています「天皇退位特例法」審議の3つの欺瞞 - アリの一言

   すなわち①審議は2時間半で、まともな議論が全くなされず、憲法第1条、第41条などの規定や憲法構造に反する、②去年8月の「天皇のメッセージ」が出発点になりこの議論が公式に開始され、これは天皇が政治的権能をもたない(憲法第4条1項)という憲法規定に反する、という点です。

 

   「天皇退位法案」は、国会(衆議院)のまともな審議がなく、主権者及び「主権者から信託を受けた」議員(憲法43条1項)の議論・意思の反映は皆無で、密室で官僚のプロジェクトチームが中心になり調整され原案作成されたものを、国会(衆議院)=国民に丸呑みさせ、これこそが国家意思であると顕示したにすぎません。米村氏が書いているようにファシズム体制は深化し拡大していると評価ぜざるを得ない。見せかけの議論さえ封じ込められ、委員会も作られず、あたかも明治憲法大日本帝国憲法)の下での枢密院や御前会議あるいは陸軍省海軍省・参謀などで軍事行動が決められたシステム・内容と変わりない。当時も一面天皇個人は国政の決定権を握りながら、お飾り的役割だったことは様々の研究、ルポ、日記などで示されています。その戦前のシステムが【合法的に】取り込まれ、既にクーデターは行われているのです。

 

   更にまずいことにk・サトル氏、米村氏が指摘されているように、社民党日本共産党が国会で「天皇退位法案」にわずか2時間半の「審議」で賛成し、「反対したという形」「議事録上の記録」だけを残しまともな採決態度をとらなかったということです。
これは国民から選挙され「代議」士になっているのにその資格を自ら放棄し、職務怠慢であり、はっきり言えばもはや今後「安倍首相は憲法を守れ」とか「護憲」運動とか、おこがましく言えない立場に自らを置いたと評しうるものです。もはや残酷な裏切り、国民的・市民的討議さえ放棄したものです。まだ、棄権に回った自由党の人たちが立派です。

このところは極めて重要ですので、kサトル氏のブログから引用しておきます。

(引用開始) 

 「③数々の問題を指摘しながら日本共産党社民党が「賛成」した怪

 共産党は質疑(塩川鉄也衆院議員)の中で、「(天皇メッセージは)直接の端緒ではない」とする菅氏の答弁のごまかしを指摘し、さらに法案が「公的行為」を無条件で肯定していることを、「公的行為の政治利用」の実例を挙げて批判。法案の「修正案」を提出しました。この限りでは妥当な態度です。
 しかし修正案は共産党だけの賛成で否決されました。そうなれば共産党は当然法案に反対すべきでしょう。共産党が修正を求めた2点はどうでもいいような問題ではなくいずれも憲法の根幹にかかわることなのですから。ところがなんと共産党は「法案には賛成します」の一言で賛成に回ってしまったのです。

 社民党照屋寛徳衆院議員)も、「一代限りとすることには反対。皇室典範を改正すべき」と主張しながら、共産党の修正案には反対し、特例法には賛成しました。

 共産党社民党が特例法の根本的な問題点を数々指摘しながら、それがことごとく否定されたにもかかわらず、法案に賛成したことは、きわめて奇怪であり、言行不一致も甚だしく、支持者・国民を愚弄するものと言わねばなりません。自由党が「反対」ではなく「棄権」したのも、「全会一致」の形を保つためにほかなりません。」

「天皇退位特例法」審議の3つの欺瞞 - アリの一言 (引用終わり)

 

   日本の憲法(体制)は音を立てて崩れ去りました。私の見方からすれば憲法はもうとっくにガランとしていて、枠組みの瓦礫しか残っていなかったのですが、その瓦礫さえも「崩御」!させられたのです。海上に持ち去られたのです。
    反安倍ファシズム戦線を唱えても日本共産党社民党は議会は抵抗の拠点でなくなったことが示されました。彼らからすれば「苦渋の選択」かもしれません。しかし安保法(=戦争法)=私がいう所の【軍事行動基準法】体制が一層堅固に、合法的に出来上がった瞬間です。反憲法のクーデタが強固に深化・実現しつつあります。

 

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   ではこのような事態において抵抗戦線はありえないのか。第2の課題です。例えば東浩紀氏は「新しい言論やデモなど結局自己満足でしかなかった」と述べ「家族」こそが拠り所だということを述べています(讀賣新聞6/5付)。家族に逃げ帰るのでしょうか。引きこもるのでしょうか。個人の自立と市民的権利の行使の可能性は皆無なのでしょうか。

   社会的な問題にはほうかむりして見ないように生きていくのでしょうか。


   私はそのような態度は適切だと思いません。私ができることと云えばこのようにブログで主張することぐらいですが、ではどういう風にしたらいいか。

   この点について、イダ ヒロユキさんが、自身のブログ「ソウルヨガ」で「非暴力主義の理解」を勧めておられます。
   イダさんは「主流秩序論」という議論を提起しておられます。個人レベル、社会レベルで生きにくさが増している今日、生きにくさに直面する個人はどう考え行動したらいいかについて考え、若い学生さんなどに対応を考え実践しようと提起されています。

   その一つの試みがガンジーの非暴力主義の再発見・再構築だと思われます。

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(ガンジー。Mohandas Karamchand Gandhi、1869年10月2日 - 1948年1月30日)

写真はhttps://www.biography.com/people/mahatma-gandhi-9305898 から。

  ( この項は明日以降に続きます。)