PKO法成立から25周年…日本平和隊を! 自衛隊のPKO活動をやめさせよう【私の見方・主張】

    1992年6月にPKO国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律が出来てから、25年が経ちます。

    この25年間にカンボジアでの地雷除去や道路整備、南スーダンでの道路整備、ホルムズ海峡での機雷除去など、自衛隊PKO活動が行われました。

 

    さて先日内閣府の主催でPKO法成立から25周年というシンポジウムが東京・青山大学で行われました。そこでこの機会に私の意見をまとめておきます。

    まず自衛隊にとってPKO活動はどういう意味があったのでしょうか。

    陸上自衛隊に関しては、施設大隊(土木班)が国連PKOとして派遣されました。ただ施設大隊の派遣と言ってもその部隊人員を移動させ、安全を守り、運営を円滑にするため、人員・重機の現地への移動、現地での運送(トラックなど)要員、医療・看護・衛生、警務などの人員も派遣されました。
    また、帰還後の隊員の衛生・精神状況の管理、同じ部隊でも出動した人員とそうでない国内にいた人たちの処遇の差異、例えば割増給与、出世、帰って来て高級車を買ったとかいう妬みなどの部内の意識など様々な問題があったという報告があるようです。
    陸上自衛隊の活動は、一見PKO実施のため非軍事的な部隊展開ですが、自衛隊の総力をあげて行われるものである以上、広義の軍事行動です。したがって、上記PKO活動は良くも悪くも自衛隊の能力が試された筈です。

 

    もう少し広い所から自衛隊にとってのPKOの意味を考えてみましょう。
    この25年間に国際情勢の変化、国内の支配構造、国民の意識、自衛隊の運用など大きく変わりました。

    1917年11月ロシア革命により労働者階級は一定の勝利を収め労働者国家ソ連邦を樹立しました。
しかし1991年12月社会主義(労働者国家)ソ連邦が自己崩壊し、冷戦の終了、アメリカ帝国主義中心の世界システムが出現しました。その結果自衛隊の任務役割も変わらざる(変えざる)を得なかったのです。
    社会主義ソ連邦が存在しているときは、日本は資本主義体制維持の一環として米国に追従し、自衛隊を運用していました。
    冷戦の下では、北部方面(北海道)にソ連邦の軍が進入してくるという反ソ主義キャンペーンに基づく仮想のシュミレーションがありました。
    しかしソ連崩壊に伴い、自衛隊ソ連と敵対し軍事的に対峙するという妄想の根拠が崩れました。ソ連崩壊でソ連侵攻の妄想は成り立たない、北部方面戦車部隊を置いてソ連侵攻に備えるという嘘が成り立たない。その結果自衛隊の任務役割も見直さざるを得ず、そこで彼ら日本支配層が見つけた自衛隊の新しい任務がPKOだったと思われます。

    敗戦帝国主義から脱却して「普通の国家」として「軍隊」を持ちたいという日本支配層の「野望」「妄想」……さらに国家統治において暴力装置が必要だという前提(妄念)に立つ以上、自衛隊=「軍隊」=「国防軍」に何らかの仕事を与える必要がある、その為にPKOは相応しいという発想があり、自衛隊の新しい任務を見つけたのだと考えています。
    特にカンボジアでのPKOでは、1941年12月以降の「大東亜戦争」で日本(日本軍)が、東南アジアに侵略し失敗したことの挽回を図り、国際社会、特にアジア諸国(諸国民)に対して日本軍は悪くなかったという印象を与えたいという意図・意識があった、と私は思います。
    また直近のPKO活動である南スーダンPKO派遣に関しては、自衛隊がアフリカに出た時の国際情勢や中国に対する対抗、その他派遣の意図・活動、また当時の民主党の野田政権が崩れて来て日本中枢にするよっていたこと、が背景にありました。この動きを私は新新植民地主義の現れと理解しておりましたし、今もその評価は変わりません。ですから、アフリカ・南スーダンへの自衛隊の派遣はすべきでなく、その後も直ちに撤収させるべきだと考えていました。

 

 最後に『日本平和隊』創設の議論を再び❗️

    今から25年以上前のPKO法審議の前、審議中、軍事組織・暴力装置自衛隊と切り離した『平和隊創設』(仮称)を創設しようという主張がなされました。この主張は、国家統治の観点から自衛隊という軍隊・軍事組織を無理矢理維持するのでなく、「国家」という単位でない〈日本社会〉が、国際社会に貢献する方向を模索するというものです。そしてそれから25年以上経ちましたが今なお、そのような観点から『(日本)平和隊』構想を具体的に検討する必要があると考えています。市民の能力・意志が試されると思います。ただ非常に大きな困難を伴うと思っています。何故ならそのような熱意を持った人たちが次第に減っている、国家中心主義(ナショナリズム)がのさばっているからです。
    しかしそれでもこのような方向を追求することが、軍事行動基本法(政府・自民公明の言う『安保法制』/『戦争法』)を粉砕し、自衛隊=軍隊ありき、軍事行動ありきの日本支配層を打倒し粉砕する道だと考えています。それが真の平和と平和共存さらに「国家」を廃棄し支配=被支配関係を人間社会から追放する道の第一歩だと確信しています。そしてわれらが「平和のうちに生きる権利」(日本国憲法前文を活かし発展させる道だと確信いたします。

 

日本国憲法前文

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」