『フランスの内乱』マルクス に関連して

『フランスの内乱』は、マルクスプロレタリアートが史上初めて権力を握り権力を行使した時期を記録し私たちに何を学ぶべきかを示したものだ。


なぜ私が唐突にこの本の話を始めたのか?と言うと、
昨日ある方のブログで、内田樹(うちだたつる)がマルクスの『フランスの内乱』に関する新しい本を出すという記事を読んだからだ。
内田は「若マル」(若い人よマルクスを読もう)というシリーズで著書を出している。そのシリーズの四番目が『フランスの内乱』に関する往復書簡のようだ。


内田の仕事を歓迎しその本を楽しみにしたい。(はてなブログで内田の新しい本が出ることを紹介してくださった方にも感謝する。その方が紹介しなければズット知らないママだったろうから。)


【本題】
資本主義社会はそれ以前の封建時代よりも生産力が上がり人間の暮らしも楽になり、さらに例えばこういうタブレットスマホが登場してボクみたいな庶民が簡単に皆んなに発信できる。
考えてみれば、つい最近までガリ版刷りだった。大体ガリ切りしてビラを作って撒いていたんだ。最近ではビラ撒きもあんまりしないけど、スマホタブレット、チョット前はpcで、文章を作れる様になった。確か随分前だったけど共産党不破哲三が委員長だった頃新幹線の中で不破がワープロの小さなキーボードに入力して原稿を書いている姿の写真を『朝日新聞』で見た気がする。もう30年くらい前だった様な気がする。彼が総選挙の応援演説に駆け回っている時だった様に記憶している。彼が資本主義社会企業が生み出した最新のツールを上手く使っていて、随分やるじゃないと思った記憶がある。


さて資本主義社会は封建時代よりも圧倒的に進化し素晴らしい面進歩の面があるという話を書いた。

 

だがしかし、資本主義は搾取と暴力を基礎に出来ている。自然と人間と、人のつながりを破壊するシステムを基礎にしている。…とボクは考えている。そして狡知(ズルガシコサ)でできている。そういうシステムだ、とボクは思っている。


こういう資本主義社会から脱却したい、させたい、〈他の〉「社会システム」に脱却移行させたい、言ってみれば共産主義社会への脱却進化。搾取と暴力を集中的に受けているプロレタリアート(労働者階級)の女男、こども、つまり資本を持たない普通の人が社会の実権を握るにはどうしたらいいのか。

私たち共産主義者はこのことを目指している。


先人たちは何度もトライしてきた。
もちろんマルクスはその一人だ。一人に過ぎない、だがとても大事な一人だと思う。


そのトライの中でフランスの内乱コミューンが1871年プロレタリアートによって作られた。だがそれはブルジョアの政府軍隊に制圧され失敗に終わった。
マルクスがその教訓を書いたのが『フランスの内乱』だ。


資本主義社会から共産主義主義社会へ移行する為にはどの様に権力をプロレタリアートが握り運営して行くかという重要な課題がある。
プロレタリアート独裁という移行過程を経てブルジョアの弾圧制圧からプロレタリアートが自身の利益と全人類の利益を守り発展させる手段について描いている。


国民文庫版ではプロレタリアート独裁という用語でなく「執権」という用語に変えてある筈だ。幾つもの理由がある。根本は日本共産党が「綱領」を変更していわゆるソ連を先頭とする「国際共産主義運動」と革命についての考えを変えたから、それに伴いマルクスの本の訳語を変えたからだ。
ボクはそういうのは妥当じゃないと思う。だがその話はまた、今度。

 

🌠内田樹のブログ
http://blog.tatsuru.com/2018/08/15_1431.html
ツイッター
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『フランスの内乱』とコミューンの原則:資本主義の終わり論


『フランスの内乱』を昨日調べていたら面白いHPがあったので上にアドレスを載せておきます。よくできてる。2010年に書かれたようだ。教わることが多い。