1927年の法学者 ーー 「憲法のなかの『外国』」石川健治を読んで

 石川健治の論文を読んだ。憲法のなかの「外国」石川健治。正確にはこれは「講演記録」だが、以下石川論文という。
 物語のようだった。とても面白かった。久しぶりに昂奮した。
 そして石川健治の論文を読んでいて『料理の鉄人』を思い出した。


  昔『料理の鉄人』というTV番組があった。
  和洋中華の三人の「鉄人」料理人と「挑戦者」一人が予め決められた一定の材料を使って「料理」を作るという番組だ。料理の材料は事前に知らされることなくその場で知らされ四人の調理人がそれぞれその場で何を作るか決め料理する。その後「審査員」が各美食料理を食べ評価を下すという番組だった。
 「鉄人」料理人ら四人が「制限時間内で」みんなに見られている現場である「判断」を下し何かを「作る」という「鉄人たち」の緊張感が伝わるもので、見ていてとても面白かった。

  何故これを思い出したのか。石川の料理の包丁さばき(文献探索処理の仕方、その内在的論理の読み取り)が『料理の鉄人』に出てきた料理人のように鮮やかだったからだ。料理人にはいろいろなタイプの料理人がいる。修行をどこでしたかやその料理人の出自などによって何を<うまい>と感じるか、何を作るかが違う。法学研究者も同じだ。料理人(=法学研究者)は「一定の状況の中でベストチョイスだ」と思うことをするのだ。そして観衆【(民衆)実は(権力者)】に法理論(料理)を提供する。

  この石川の物語は石川健治の(学問上の)「祖父」清宮四郎の物語の序章だ。石川健治樋口陽一を「父」とし清宮四郎を「祖父」として生まれた憲法研究者だ。石川は「法実証主義」の流れをくみ研究成果を残している。その石川が「祖父」清宮四郎が<通説>を形成するまでの物語を書いたのだ。同時に帝国憲法の外地での適用の可否という大問題の法理的論争について書いている。


  清宮の話についてはまた後日触れたい。
  ただ一言だけ言っておくと石川のこの論文のなかにもあるのだが、清宮四郎の有斐閣版『憲法Ⅱ』は一定の世代まで(石川〈1962年生まれ、現在56歳〉や少し上のわたくしなど)までは、この本を読んでいない法学生は潜りだと云われても仕方がないくらいの本だった。その後(石川が言っているように)「現在も学生諸君の大好きな芦部信喜教授の『憲法』」にとって代わられるのだが)、清宮の『憲法』は<ある種>の「名著」だった。その理由は戦後日本の通説を構成する著書であり日本憲法学会だけでなく内閣法制局・国会法令審査や最高裁の思考もコントロールするものだからであった(と私は考えている)。特に『憲法Ⅱ』は憲法総論・統治機構の部分を扱い、<ある人たちに向けて><憲法というもの>の考え方を示したと云えるからだ。

  私はこの石川健治の論文(「講演記録」)が出ているのは以前から<知って>いた。だがこれがどこにあるかわからなかったのを口実に読まなかった。それにこれはただの感覚にすぎないのだが、正直石川がどうも好きでなかった。それと個人的諸事情でズットここまで手が回らなかった。そういう言い訳で<敬して遠ざけていた>わけだ。敵前逃亡だ。だが今回偶々ネット上でpdf版を拾ってきて幸運にも読むことができた。

  そうしたら石川の話はエキサイティングだった。<知的好奇心>を喚起された。
また所謂「安保法」(「戦争法」)(私は「軍事行動基本法」と呼ぶべきだと何時も言っている)反対闘争の中で石川がなぜあんなに一部でもてはやされたのか、多少理解できた。石川本人が言うには、「政治的動きは嫌いだしできるだけかかわらないようにしようとしていた」が政権の動きを「見ていられなくなりここで立ち上がらざるを得なくなった」という趣旨の発言をアチコチでしているが、その云わんとすることは本論文の<論理・やりたいこと>を見るだけでも分かる。その意味でこの論文を読んだことは収穫があった。


  だがそんなにエキサイトしているだけではいられないのだ。
  石川が清宮や先行するドイツ・オーストリア・日本・京城の法学者の思考の跡を追ってその内在的論理を追い走りまわり現実にも旧帝国の京城大学や独協大学書庫や立教大学の書庫など駆け回る様子が目に浮かぶ。正直うらやましく思う。

  同時に石川をたたえているわけにはいかない。最後の処で違和感が残る。鉄人の料理だろうがどうも最後の処で私の味付けと違うのだ。だからこの法実証主義の限界や日本中枢部に対する影響力の大きさからするとその(石川の)論理(頭の中)に対して適切な評価を下し彼の(に)論理の方向性を示してやることが日本の民衆の利益になるだろう。
私は通説からすれば狂気だ。だが石川を<外から>=外側の論理で批評・検討しようとは思わない。これを内在的に検討し発展の方向性と民衆の利益にかなうよう検討する必要がある。

 

🌖🌗🌘 🌑🌔
(注)1910年(明治43年)8月29日「日韓併合」がなされた。その後天皇制日本(大日本帝国)による朝鮮支配は1945年9月9日朝鮮総督府が「降伏」するまで続いた。
(注)石川論文(注37)から
1911年に美濃部は「帝国憲法は朝鮮に行はるるや否や」というテーマ(論点)を出している。
これを一般論に置き換えるとすれば「帝国の新領土である「外地」(新しく植民地とした地域)に帝国憲法は適用されるか」、という問題だ。
  このテーマは日本公法学会で大論争になっていた(ようだ)。

 上の(注)に書いたが日本天皇制支配層は前年朝鮮を法的に「併合」した。だからこの法的始末の一つとして帝国憲法の適否が問題になる。

 言うまでもないが、日本国憲法89条には裁判所に違憲審査権を付与するという権限分配規定が置かれている。そのことから戦後憲法学では司法審査の重要性が説かれ画期的なことのように云われている。しかし周知のように、憲法という法規範はすべての国法の上位に立ち国法秩序の中で優位に立っている。したがって法律はもとより下位法令、その他一切の国家行為は憲法を順守されなければならないというのは「当然」の論理であり誰も疑問を挟まないはずだ。そしてこのことは明治憲法大日本帝国憲法)でも同じことだ。だから憲法が適用されるかどうかというのは大問題なのだ。


(注)「1927年の法学者・美濃部達吉」という小論を書きたい。1927年に美濃部は上記問題について見解(学説)を変えている、そうだ。
 石川の論文の(注)を読んでいて私は着想したのだが、「1927年の法学者・美濃部達吉」というタイトルで小文を書いておこうと思う。
  そこでは❶帝国憲法の外地での適用可否の問題(美濃部の見解)❷治安維持法について美濃部はどういう態度をとったか。帝国憲法での合憲性について如何。

  美濃部達吉は一般にもいわゆる「天皇機関説『事件』」で有名で、一部で「高く」評価されている(いた)が、1927年当時どういう(帝国)憲法上の見解に立っていたのか、現時点でよくよく検討吟味すべきだ。
  実はこのことは今更の話でなく、ずっと前から指摘されている。例えば長谷川正安『昭和憲法』などに明らかだ。今更これが研究論文にならないだろうと承知している。一言付言する。ただ特に「共謀罪法」が成立し、<外地に>自衛隊が派遣される今日、法理的に検討する緊急性があると考える。❷に関しては石川は上記の論文では触れてないからだ。


(注)美濃部は石川健治から見ても必ずしも<好意的に>扱われているわけでない(ように思える)。その理由は(おそらく私の推測するところ)美濃部の議論は法実証主義からすると最後の処で法の源泉とそこからの論理(説明)を放棄し突然結論が出てくるからだろう。結局<「法」が「政治」により決定されている>からであろう。故に<石川の好む>ところでないのだろう。


(注)参考、下の方に、美濃部達吉の『新憲法概論』から引用しておく。美濃部の治安維持法に対する考えや新憲法についていけなさが分かる。それでいて大家としての自負心は強そうだ。


(注)考えてみればそもそも【帝国憲法が「外地」に適用されるかという問題】が発生するのは「帝国」の領土が拡大し「植民地」が形成される以上、その「植民地」に帝国の「最高法規の適用があるのか」という論点が出てくるのは当然ある。そして一方で、「帝国」の「栄光」(天皇の栄光)誇示するという政治的目論見からは当然適用されるという論理にせざるを得ない筈だ。
 だが帝国憲法には大きな歴史的限界があると云え、「民主・自由」という概念を日本に持ち込んでいるからこの帝国憲法の適用を外地に認めることは外地「住民」「異民族」に<わが>帝国憲法の適用を認めてやることになり<微弱な「権利」>でも帝国憲法の「権利・自由」を付与するという<困った>事態になる。
 だから帝国憲法の適用を「外地」(朝鮮・南方諸島・「満洲」「蒙古」)に持ち込みたくないという政治的意図がある。


 一方で自分の理屈の正当性に気を配る<「法学者」根性>からすれば彼らは「帝国憲法」の適用を認めたいはずだ。だがこの適用を認める論理を構築することは自分の社会的立場を失わせ非難の対象になる。そこで何とか自分の欲求と天皇制国家ファシズムの要求を調和調整する論理を考え「決断」することになる。
 この矛盾をどうかいくぐるか、「法学者」らしい<ささやかな>欲求、論理を通したいという<小さな>願望、他方でブルジョア国家への移行という革命的事態さらに人民国家(さらに<労働者国家>への移行におびえ社会変動を招きたくない、事態を「政体」の枠内に収めさせるための理論を提供したいという<御用法学者>(官僚法学者)根性丸出しの苦しみ、としか言えなかろう。そう云っても過言でなかろう。


(注)当然この植民地政策に先行し帝国政府はアイヌ民族の存在は否定したしアイヌ(北海道旧{土人」保護法に言う「土人」と国家が人間を侮蔑する表現)に対して権利付与を徹底的に否定し「奴隷化」政策を実行していることに注意されたい。石川はこの点には触れていない。当然美濃部・清宮なども触れていない。


  今更だが「北海道(旧)『土人』保護法」が明治憲法の下で何故合憲なのか(だったのか)考える必要がある。

北海道舊土人保護法    北海道舊土人保護法中改正法律 (昭和十二年法律第二十一号)

  果たして明治憲法の下でも「北海道(旧)土人保護法」はどういう論理で明治憲法下で「合憲」なのか?
土人」にそもそも憲法の適用があったのか。それとも「公共の安寧」という制約理由がら適用が制限されていたのか。これは興味深い論題であろう。(一部のヒトだけか)。例えば石川健治論文を読んでいるだろうプロ研究者北大の落合研一氏はどう答えるのだろうか。法律の名称、本文に「土人」という賤称を用いていること自体落合研一氏はどう考えるのか〈「法学者」としての総括克服〉が必要である。

   再言するが、日本国憲法89条には裁判所に違憲審査権を付与するという権限分配規定が置かれている。そのことから戦後憲法学では司法審査の重要性が説かれ画期的なことのように云われている。しかし周知のように、憲法という法規範はすべての国法の上位に立ち国法秩序の中で優位に立っている。したがって法律はもとより下位法令、その他一切の国家行為は憲法を順守されなければならないというのは「当然」の論理であり誰も疑問を挟まないはずだ。そしてこのことは明治憲法大日本帝国憲法)でも同じことだ。だから大日本帝国憲法の論理のもとで、「北海道(旧)土人保護法」が帝国憲法に照らして「合憲」なのか、だれか説明してほしいものだ。

(注)引用 参考

美濃部達吉『新憲法概論』(有斐閣、一九四七年七月)


 新「日本国憲法」は、其の制定の手続から言へば、従来の「大日本帝国憲法」第七十三条に依り、憲法の条項の改正として議会の議決を経たものであるが、事実から言へば、単に憲法中の或る条項を改正したに止まる〈トドマル〉ものではなく、従来の憲法は全面的に之を廃棄し、新日本建設の基礎法としての新憲法が、全然新規に制定せられたのであつて、それは従来の憲法とは其の根柢を異にして居る。それが我が国体をも変革するものであるや否やは、議会に於ける審議に際し頻に〈シキリニ〉論争せられた所であつたが、それは「国体」といふ語の意義如何に依り解答を異にすべく、一概には論断し難い。「国体」といふ語は、明治以前から詔勅宣命〈センミョウ〉・其の他の公文書にも屡々用ゐられて居るが一般には法律的観念を示す語としてではなく、国粋又は国風ともいふべき我が国に固有な国家の最も重要な歴史的倫理的の特質を指す意味に用ゐられて居るのが普通である。それが法律語として法律の中に用ゐられて居るのは、治安維持法が其の唯一の例で、而して〈シカシテ〉同法の意義に於いての国体は国家の統治機構万世一系天皇が国を統治したまふことを其の観念の要素とすることは争〈アラソイ〉を容れない所である。新憲法は従来の憲法に比し国家の統治機構を根柢より変革し、旧憲法第一条に示されて居た天皇国を統治したまふことの原則は之を除き去つたのであるから、若し〈モシ〉国体といふ語を治安維持法に用ゐて居る意義に解するならば、新憲法が我が従来の国体を変革するものであることは、言ふまでもない。併しながら国体といふ語は必ずしも常に斯かる〈カカル〉法律的な国家の統治機構を示す意義に用ゐらるるのではなく、一般通用語としては寧ろ万世一系天皇を国家の中心として奉戴〈ホウタイ〉し一国は尚一家の如く天皇は国民を子の如くに親愛したまひ国民は天皇を父の如くに尊崇し忠誠を致すことの我が国に特有な精神的倫理的の事実を示す意義に解せられて居り、而して斯かる意義に於いては我が国体は新憲法に依りても毫も〈ゴウモ〉動かさるる所の無いものと謂はねばならぬ。併しそれは何れにしても之を法律上から見れば新憲法が国家統治機構の全部に亘り従来の憲法に対し根本的の変革を加ふるものであることは敢て詳論するまでもない。勿論新統治機構に付いての定〈サダメ〉は、新憲法のみを以ては未だ完備したものではなく、それが完備するには諸付属法令の制定を待たねばならぬのであるが、新憲法の既に公布せられた今日に於いて新憲法の取つて居る新統治機構の基本原則に付き多少の解説を試みることは、旧憲法に付き解説書を公にした著者に取り当然の責務であると信じ、取敢へずここに此の書を公にすることとした。それは「概論」の名に示す如くに、新統治機構の梗概を論じたに止まるもので、其の詳細に付いては、付属法令の整備を待つて他日〈タジツ〉更に論述する機会あらんことを期待する。
 昭和二十二年一月      美 濃 部 達 吉

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