玉城デニー当確㊗️🎉 09/30/2139 戦争または戦場という概念について ……与那国島(沖縄県)は既に「要塞」となっている。そして<戦争>はとっくに始まっているということについて

 祝㊗️㊗️玉城デニー沖縄県知事当選‼️

2138NHK当確打つ!    おめでとう🎈そして前進を

2139記

 

「日本」最西端の島・与那国島沖縄県)は既に「要塞」となっている。

   そして<戦争>はもうとっくに始まっている。

🌔🌘🌙🌑
 『自衛隊が来て島は…日本最西端の島「与那国」を行く』というレポート・映像を視聴し読んだ。

  陸上自衛隊の基地が沖縄県与那国島に置かれてから2年半が経った。
〈その与那国のいま〉、元から住んでいたひとびと一人ひとりは何を感じているのかのレポートだ。
自衛隊駐留に賛成の人、語りたがらない人、反対の人たちから丁寧に話をそのまま報告している。6分余の短い映像だが報告者の感想が正面から押し付けられていないドキュメンタリーになっていて好感が持てた。そういうドキュメンタリ―を作った二人の取材者の態度にも共鳴した。

  短いレポートは進む。淡々とわれら民衆・たみのこころを切り取りながら。
  しかしレポートの最後を読んで驚愕した。そして、やっぱりな、と思った。

 上の文章レポート最後で、取材者が与那国島の【祭り】で賛成派反対派黙視派の取材を終え車に乗り込もうとするとき、〈取材者に対し〉【自衛隊員が尋ねにくる】場面が描かれる。


  情報収集担当と思われる「自衛官」が「すみません」と取材者に対して声をかけ話しかけてくる。

自衛官」は「興味本位ですが」、「どちらのメディアさんですか?」と尋ねてきた。」
(取材者が対応して)「名乗ると、『ぜひ大きく報じてください』と言う。まっすぐな背筋を折ってお辞儀をすると、くるりと向きを変え、【祭りの】片付けの(村人の)輪ぼ中に)に戻っていった。」

 

  短い会話。だが日本国憲法第21条1項の表現の自由(報道の自由)を侵害していない、21条2項の「検閲」に当たらないという含意を込め、かつ、「興味本位」という私人としての発言だと強調する軍服【自衛隊員】がノシ歩く。しかも迷彩服でカッコよく。ムラ(の祭り)を護る¡¡

  コワイ。怖い。自衛隊与那国島の日常にちゃんと溶け込んでいる。そして普通になる。

  わざとやっている
  わざとじゃないように振舞ってみせる

  無意識の悪人に気をつけろ
  無意識そうに振舞っている、振舞ってみせる悪人に気をつけろ。

  にこにこしながら近寄ってくる人には気をつけた方が良い。

最後の所で本性を見せる。
やさしい脅し。親切な忠告。

僅かな言葉、笑顔。
日常に気をつけろ。

そして最後にどんでん返しがくる。支配 =被支配の関係性。


軍事組織、軍事関係を「見る」「考える」ということは、見えざるものを【観る】技術を鍛えることだ。「兵器」を見ることではない。
私の感想では沖縄のこの島では既に要塞にされ新しい戦争が〈既に〉【現実】に始まっている。
「祭り」や「ゴミ焼却炉」や「道路」や……………そして民衆の盾が作られる。
それなのに守ってもらっていると思わされている。幸せ。
だが恐ろしい事実と未来が待っている。


🌌🌠🌉⭐︎
従来から基地の受け入れで論争になっていた島の人たちが自衛隊基地がきてからどの様に感じているのかはこのレポート(映像・文章)視聴し読んで判断してほしい。
私の<感想>を書いておいた。
沖縄新聞などでは、「要塞化するな」という主張が掲げられていたし、今年五月の各種意見でも要塞「化」の「危険」が云われている。
だがここは【要塞島】だ。戦争は最早始まっている。

自衛隊情報保全隊の強化、スパイ防止法制定に向けた国民運動、官邸、官僚組織に気をつけろ  

🌉⭐︎🌠🌌🌌

(注)与那国島の人口は  1680人自衛隊員とその家族  250人。故に今、人口の約15%は自衛隊員関係者だ。軍事の島にされ、民は盾にされているという評価は誤っているのか?

(注)与那国島役場のhpを見た。そこで自衛隊というキーワードを入れて検索すると19件だけ引っかかる。

(注)『日米共同作戦の徹底研究』藤井治夫(軍事評論家1928〜没)

「冷戦」終了後の日米軍事関係について論述している。1992年刊行だが、古くなっていないのが(コワイ)後日紹介する。

    この本が古くなっていないことが驚異脅威である。1992年刊行。なお流石にこれは所持本。

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(注)1001はどうなっていますか、Dさん。

(注)日米ガイドライン

pikoameds.hatenablog.com

(注)「離島防衛」問題  拙ブログ

南西諸島「防衛」問題 -

 小西誠「反戦自衛官」の講演から…「南西諸島への自衛隊配備反対 …再び沖縄を捨て石にするな」

(注)小西誠ブログ   

軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)

(注)陸上自衛隊:与那国駐屯地

 (注)

www.town.yonaguni.okinawa.jp

 

憲法地方自治法から当然だが、自衛隊に関する記録はこの役場のサイト内には極めて少ない。蓋し委任事務の範囲内でしか役場は関与できないからだ。オモテ向き!

(注)元のyahoo! news 原稿筆者 大矢英代のサイトから

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 (注)上記共同執筆者

笹島康仁、大矢英代

【元記事、参考の為】引用

小さな島には若い隊員やその家族が移り住み、念願だったごみ処理施設は防衛予算で新設が決まった。島で見かける迷彩服や丘にそびえるレーダー塔も見慣れた光景になりつつある。一方で、「疑問の声を上げにくくなった」と悩む人も少なくない。激しく争った賛否双方の島民たちは、いま。……………


約160人の隊員が移り住み、家族を含めると250人ほどが新たな住民となった。今年7月現在の人口は1680人だ。

「隊員は祭りを手伝うし、(妻や子どもたちは)踊り手になってくれる。地区にとって、自衛隊の存在は大きいですよ」

自衛隊が来るなんて、想像もしなかった」そんな島で自衛隊の誘致計画が浮かんだのは2007年。町民有志が「与那国防衛協会」を立ち上げ、誘致を求める署名514人分を集めた。外間守吉町長は09年に上京し、防衛省で直接、配備を要望。その後、浜田靖一防衛相(当時)が歴代の防衛庁長官、防衛相として初めて島を訪れ、与那国を含む先島諸島に部隊を配備していく考えを示した。
……………
 
与那国島自衛隊問題が本土で広く知られたのは、2015年2月の住民投票だろう。賛成か反対かをめぐる住民らの運動は激しさを増し、住民投票で頂点に達した。投票率は85.7%を記録し、賛成632票、反対445票、無効17票。島を二分した議論は「誘致賛成」で決着した。
那覇さんは迷いつつ、賛成票を投じたという。「経済効果を期待したわけではないし、そんなに必要とは思わない。けど、否定するだけのものを自分は持っていなかった」からだ。
自衛隊を否定も肯定もしません。人が増え、にぎやかになったことは事実。これまでの人たちの努力があって今の島があるのも事実です。刀はあってもいい。けれど、持つからには、抜かないよう努力していかないと。大事なのはこれからですよね」
誘致の先頭に立っていた外間町長は「誘致のおかげで町財政の危機を乗り越えることができた」と話す。町議、町議会議長を経て、2005年の町長選で初当選。以来、町長の職にある。
「国防は国が考える。地元は経済最優先」を貫いてきた。地元紙・八重山毎日新聞の報道によれば、地域振興に関する国の予算の提示額が少なければ配備に協力しない姿勢を示したという。
 
外間町長の説明によると、誘致の背景には深刻な人口減少と高齢化に加え、町財政の急速な悪化があった。小泉政権時代の行財政改革地方交付税交付金が削減され、1990年代に30億〜40億円だった一般会計予算は2007年度に18億円を割り込んだ。ほぼ半減である。町長や職員らの給与を減らし、町議会議員も半分の6人にしたが(今年9月の改選で定数は10に増加)、追いつかない。外間町長は「自衛隊誘致しかなかった」と振り返る。
配備後、町財政は瞬く間に改善した。2016年1月時点で1490人だった人口は1700人台に。その人口増などによって交付金は増え、2016年度の地方交付税は15億2237万円。2年前より約1億8000万円増えた。住民税を軸にした税収増は約3000万円。これは自主財源の3分の1に当たる。
 
外間町長は言う。
「増えた財源で子どもたちの給食費を無料にできた。それに、隊員はいい方ばかりですよ。迷惑な米軍とは違う。それでいて税金もガチッと入ってくる。自治体にとって、こんな魅力はないですよ。町民も自衛隊の存在に慣れてきました」
「僕らはもともと、危機感をほとんど持っていません。近隣諸国と交流を重ねてきた歴史があるからです。ただ、国策があって領海をきちっとしなきゃいけない。そこには自衛隊が必要だと理解するしかない。(姉妹都市を結ぶ)台湾の花蓮市長に事情を説明したら『自分たちも軍隊を持っている。皆さんが軍隊持つことに干渉はしませんよ』と。友好関係にひびは入りません」
人口2000人足らずの島にとっては「大規模」といえる事業も進み始めた。
念願だったごみ焼却施設の建設には国の予算がつき、総事業費約29億円の9割を「防衛施設周辺対策事業」で賄う。与那国町漁協は、防衛関連予算を使ったエビ養殖場の建設を進めようとしている。漁協の内部資料によれば、事業費は30億円に上る。
飲食店に勤める60代の女性は「反対する人がなんですぐ『戦争』と言うか分からない。自衛隊が来て、町がにぎわえばいい」と言う。ただ、島は狭い。客の本心も分からない。だから、普段の会話では自衛隊を話題にはしないという。
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島を歩くと、「自衛隊の配備後、反対の声は減ってきた」という住民に何人も出会う。「反対」の横断幕やポスターもほとんど消えた。もちろん、「違和感がある」という住民もいる。しかし、そうした人々の多くは実名での取材を拒んだ。
自宅で話を聞いた50代の男性は「自衛隊に頼らずに、島の資源と島民の力を使って住民たちの力で町の財政難を乗り切るべき」という思いから、住民投票では反対票を投じた。今は「表立って反対できない空気が生まれた」と言う。
「島に住む隊員個人が嫌いなわけじゃない。目の前にいる人ですから。子どもが増えて、小学校の複式学級も解消されました」
ただ、違和感は残る。最近あった地区対抗の運動会では、自衛官が各競技の優勝をほぼ独占したという。「何のため、誰のための行事か分かりません。自衛隊が手伝ってくれるからと、行事の準備などに顔を出さなくなった住民も増えました」
 
 
 反対運動に加わっていた自営業の50代女性は「国の言うことを聞けば、お金はどこからか出てきます。国に従う人は何も困らない。けれど、『おかしいな』と思う人はどんどん地域にいづらくなる」と話し始めた。
昨年4月に行われた駐屯地の創立1周年記念行事。彼女は「反対」の意思を表明するため、仲間と一緒に門前に立った。ところが、報道陣はほとんど来ない。後で聞くと、島外から来た多くの記者は自衛隊の輸送機で那覇から与那国空港に着き、防衛省側が用意したバスで裏口から駐屯地に入ったという。
「何これ、と思いました。こんな小さな反対運動を怖がる防衛省も、それに甘んじるメディアも」
「基地のある所が攻撃されるんです」
狩野史江さん(58)も表立っての反対をしなくなった。
13年前に生まれ育った島に戻り、母の民宿を継いだ。2007年に誘致の話が出た時、何としても止めたかったという。沖縄本島では宜野湾市に住んでおり、すぐ近くに米軍普天間飛行場があった。2001年の9・11テロ直後、周辺に広がった緊張感が忘れられない。
「基地周辺の警備が厳重になり、それで『基地のある所が狙われる』と実感しました。それが嫌で島に戻ってきたのに……」
 
 自衛隊配備をめぐり地域は分断され、友人関係、家族関係にも亀裂を残した。「賛成多数」となった住民投票のあと、地域に居づらくなり、出ていった人たちも少なくないという。
「長い目で見れば島にとってマイナスです。(今も反対する人は)声に出してないだけ。小さな島だから、声に出しづらいですよ」
現在も反対し続けている牧野トヨ子さん(95)には戦争の記憶がある。当時、与那国島には旧日本軍の監視所があり、米軍機はその周辺や浜に停泊する輸送船を攻撃してきたという。山中に避難してマラリアにかかり、亡くなった人は366人に上る。
「(自衛隊は)島を守ると言うけれど、危険だと私は思っている。何もない所に弾は来ないよ。基地がある所に弾は飛んでくる。あんな施設がある所には、必ず来ると思っている」
 (略)牧野さんが身を乗り出して聞いてきた。
「これから日本はどうなるのかね? また戦争するのかね?」
 
防衛省は近年、与那国島だけでなく、石垣島宮古島といった南西諸島の島々にミサイル部隊などの配備を進めている。自ら誘致に向かう自治体も少なくない。こうした現状に警鐘を鳴らす元自衛官の井筒高雄さん(48)は「有事の際、自衛隊は住民を守らない」と言い切る。現在は自衛隊OBらでつくるベテランズ・フォー・ピース・ジャパンの共同代表を務めている。
「与那国にも弾薬庫があり、敵はこれを狙います。住民を守ろうとして基地が破壊されたら、反撃できない。だから、自衛隊は基地を守る、国を守る、権力者を守るんです。さらに現行法では、住民はそれに協力することになっています。呼ぶからには、自衛隊と心中する覚悟が要るんです」
 
 
井筒さんは、住民に関する情報の収集・統制も自衛隊の重要任務だ、とも言う。
自衛隊のいる所には必ず情報保全隊がいて、住民の情報を集め、賛成・反対を分けています。そして、それぞれ対応策を練っていく。有事の際、知られてはいけないことを住民が知ったらどうするか。それが子どもであっても、口外しないよう対処しないといけない。そういう訓練をする。自衛隊とはそういう組織。『災害対応』ではなく、これが本来の任務です」
井筒さんは、住民に関する情報の収集・統制も自衛隊の重要任務だ、とも言う。
自衛隊のいる所には必ず情報保全隊がいて、住民の情報を集め、賛成・反対を分けています。そして、それぞれ対応策を練っていく。有事の際、知られてはいけないことを住民が知ったらどうするか。それが子どもであっても、口外しないよう対処しないといけない。そういう訓練をする。自衛隊とはそういうもの。